【嫌われる前に】 嫌いになっちゃえ理論

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この世の全ての生き物たちは、必ずと言って良いほど他の何かの恩恵を受けて生かされている。
人も動物も虫も植物も、プランクトンだってそうだ。
私はいつも心懸けていることがいくつかあるが、本日はそのうちのひとつについてお話しをしよう。

それは、恩だ。
どんなに小さな恩であろうと、私のために何かをしてくれたというその事実を、決して忘れないようにしている。
例え事情があってその人と離ればなれになったとしても、受けた恩だけは決して忘れない。
そうすることで、私が私であろうとしているのだ。

しかし希に受けた恩を平気で忘れて噛み付いてくる人がいる。
それでも私自身、受けた恩は忘れないが、二度とそのような人を信用することはない。
当然だ。
それにしても彼らはなぜ、そんなにあっさりと他人から受けた好意を忘れてしまうのか。
それはやはり、普段から自己中心的な考えで他人と接して来たからだろう。
もう少し核心に迫ってみよう。
受けた恩を忘れる程度までは良いが、噛み付いてくる人は大抵こういうタイプだ。

他人のことを常に自分にとって敵か味方かで判断しようとする。

これ。まさにこのタイプがそれだ。
被害妄想が誇大して、もう誰も信じられなくなっている。
自分にとって利用価値がある、もしくは自分が見下している相手にだけ、「君たちのことは信用しているよ」 というようなことをやたらと言うのだ。
しかし裏を返せば寂しさの表れでもあるのだ。
こういう人たちはそもそも自分に自信がなくて、常に周りの人がいつか自分から離れて行ってしまうんじゃないかと感じている。
いわゆる “嫌われる前に自分から嫌いになっちゃえ” 理論なのだ。

それが分かってしまうと何だか噛み付かれてもついつい許してしまうものだ。
まあ、信用には値しないことに変わりはないのだが。私はそこまでお人好しではない。

私が20代の頃、こういうことがよくあった。
本当にびっくりするくらい、日常的にあった。
私が誰かのために何かをしても、なぜかバカを見ることが多かった。
あまりに多かったので、もう人のために何かをしてあげることはやめようと誓った。
しかしやめられなかった。なぜか。
それは心のどこかで私が私であろうとしているからだ。
まあ、そういうのは何となく、六弦アリスの歌詞から読み取れるんじゃないかと思う。

人の感情というやつは、とにかくやっかいだ。

すべての本質は、いつでも紙一重でできている。

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